一貴山、仁王門の情報は、2014年5月時点のものです。
一貴山に立派な仁王像を拝みに行ってきました。
一貴山の集落の入り口に、大きな楠の木と小さな建物があります。
どちらかと言うと、古びた建物よりも大きな楠の木のほうが目立っているようで、
金剛力士像が安置されていることはあまり知られていないかもしれません。
しかし、この仁王門は、かつての九州王国の名残の一つでもあるのです(たぶん)。
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大きな楠の木とともに鎮座されています。
ここ糸島は、実はかつて仏教文化が盛えたところ。
かつて九州王国の朝鮮半島との窓口として栄えたのであろう怡土国と志摩国。
仏教上陸の地だからこそ、仏教先進の地として仏教文化が根付いたのだと推測されます(おやじの推測です)。
仏教文化が栄えていたことは、雷山千如寺・大悲王院の歴史でも伺うことができます。
門前の説明書きによりますと・・
この仁王門は、怡土七ケ寺に数えられる「夷巍寺(いきじ)」の門と言い伝えられているそうです。
夷巍寺とは、清賀上人(せいがじょうにん)が聖武天皇の勅命を受けて建立した寺で、
12もの僧房をもつ寺領は、糸島随一と言われていたそうです。
現在の仁王門は、宝永五年(1708年)にこの地に建立され、弘化三年(1846年)に再建されたことが記録により判明しているそうです。
●清賀上仁が建立されたとされる「恰土郡七ケ寺」
雷山千如寺 雷山村雷山
浮岳久安寺 福吉村吉井
一貴山夷巍寺 一貴山村一貴山
大用山小蔵寺 長糸村小蔵
染井山霊鷲寺 怡土村大門
鉢伏山金剛寺 今宿村上原
種寶山楠田寺 加布里村東
仁王門
そんなに大きな門ではありません。
仁王門は多くは南向きに立てられることが多いそうですが、
糸島半島は北向きに開けているために、どうしても北に向いた門となっています。
向かって右側・西側に阿形像、向かって左側・東側に吽形像を安置されています。
阿形像
素朴な作りの中にも力強さがみなぎっています。
草鞋がぶら下がっているのは、健康を祈願しての奉納です。どこの仁王門でも見られる風景のようです。
吽形像
「あ」と「ん」、アルファとオメガ。始まりと終わり
門前の説明書きによれば、この門内にある、阿形吽形の金剛力士像は、室町時代の作と考えられているそうです。
仁王門を後ろから見たところ。
仁王門裏の大樟
仁王門の裏には大きな楠の木さまがおられます。この木も歴史の生き証人です。
枝が剪定されているので、これでも小振りですが、切られなければ、もう一回り大きな姿をされていたことでしょう。
これだけ大きな楠の木は、福岡県内でも珍しいと思います。
元気がなくなった時には、この大きな木を見て触れると、暖かいエネルギーをもらえますよ。ぜひ会いに来てくださいね。
大陸との繋がりが非常に濃い北部九州。その中でもここ糸島には、古代イスラエル?、記紀、仏教、元寇など、
日本の歴史のマイルストーン的な物証が残っているようです。
ここ糸島で、日本の歴史の一端を感じられてはいかがでしょうか。
※掲載している情報は、2014年5月時点のものです。
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